星をつかむ旅

フランス料理のテーブルに、日本酒の居場所はあるか

日本酒に秘められた可能性の最たるものは、料理とのマリアージュ。それを確かめるために、ワイン王国フランスに旅に出た。
フランス料理のトップシェフたちを訪ね、彼らの料理と瀬戸酒造店の日本酒を組み合わせてもらった。料理の味や香りを引き立たせ、その余韻を膨らませるという日本酒の魅力は、この旅で確信に変わった。瀬戸酒造店には、世界中の料理とマリアージュしうる幅広い個性を持った日本酒ラインナップがある。世界中の料理に寄り添い、響き合うことで、食文化をもっと豊かにしたい。そんな星をつかむような夢を叶えるために、瀬戸酒造店の旅は続く。

★星をつかむ旅 2023

パトリック・アンリルー ラ・ピラミッド

フランス料理の名店『ラ・ピラミッド』を、21歳という若さで引き継いだパトリックシェフは、日本の料理界と継続的に交流していて、和食や日本酒に対する造詣も深い。そんな彼の料理と瀬戸酒造店の日本酒が、どんなマリアージュを奏でるかとてもワクワクする。パトリックシェフは私たちの日本酒を「ガストロノミーのテーブルを飾るにふさわしい」と評してくれた。それだけでなく、私たちの日本酒と合わせるためにオリジナルの料理まで考案してくれた。この経験は、フランス料理に日本酒の居場所はあるという大きな自信につながった。

ロザイのエスカルゴとジャガイモのリゾット仕立て、ニンニク風味の軽いクリームソースで

あしがり郷 零号∞

エスカルゴ料理と日本酒という異色のマリアージュ。この料理は、小さなサイコロ状に切ったじゃがいもを米に見立てて、リゾット風にアレンジされている。パトリックシェフが30回以上もの試作を繰り返して発見した『あしがり郷 零号∞』との組み合わせは、想像を超えたレベルで響き合っていた。

ジル・トゥルナードル レストラン・ジル

ジルシェフは、素材の味わいを大切にする料理人だ。化学的な素材は使わず、食材の自然なおいしさを引き出す調理を大切にしている。この考え方は和食の在り方にも通じるところがある。そんな彼が提供してくれたコースには、日本人の感覚でも「間違いない」と思えるマリアージュもあれば、「まさかこんな組み合わせがあったなんて!」と驚いた肉料理とのマリアージュもあった。肉にはワインに勝てないだろうという思い込みを見事に打ち破る、大きな発見のあるマリアージュだった。

ラングスティーヌのカルパッチョ、リベッシュのヴィネグレットと牡蠣クリーム添え

Setoichi ※Omachi

エビと日本酒は、日本でもよく知られた間違いのない組み合わせ。ヨード香の強い手長エビのカルパッチョも、素晴らしいマリアージュ体験だった。『Setoichi ※Omachi』は、味わいの起伏はなだらかだが、その中に強い骨格がある。だから、風味の強い手長エビと合わせても存在を消されることがなく、響き合う。

乳飲み仔牛とセップ茸

あしがり郷 零号∞

乳飲み仔牛のミルキーな味わいに驚いたが、それ以上に驚いたのは温めた日本酒との響き合いだ。ジルシェフは、温めることでアロマを立たせ、繊細な日本酒に力強さを与えた。『あしがり郷 零号∞』は、本来は温めると味わいのバランスが崩れてしまう。ところが、乳飲み仔牛のミルキーさと合わさった時に、未だかつて味わったことのない幸福な味わいが口の中に広がった。

真鯛のロースト、カブのコンフィとピクルス添え

セトイチ Fly me to the moon

日本的なタッチを加えることにこだわって、ジルシェフは魚料理の付け合わせに日本料理でもよく使われるカブを選んだ。鯛は味の強い魚だし、フランスのカブは日本のものよりもアクが強い。そこでジルシェフは、日本酒が料理に負けないように、味わいの骨格が強い『セトイチ Fly me to the moon』を組み合わせた。

アレクサンドル・ゴティエ ラ・グルヌイエール

ラ・グルヌイエールには、ゴティエシェフのクリエイティビティがぎっしりと詰まっている。料理はもちろんのこと、店内空間やその外に広がるガーデンにいたるまで、世界観が統一されている。その中に日本酒がどういう風に入っていけるか、とても興味深かった。ゴティエシェフは、すべての料理にワインと日本酒を合わせ対比させるというプレゼンテーションをしてくれた。そこで発見したのは、ワインと日本酒の役割の違いだ。ワインは料理を食べた後の口の中をリフレッシュする。一方、日本酒は料理の味わいを包み込んで、その余韻を膨らませる。この違いを認識し、コースの中にどんな起伏を描くかで使い分ければ、きっと料理体験はもっと豊かなものになる。

熟成したアンコウアンコウのロースト、プルーン

あしがり郷 零号∞

熟成させて深い旨味を引き出したアンコウの料理に、ゴティエシェフは日本を象徴する梅を想起するプルーンのソースをチョイスした。優雅でフルーティな『あしがり郷 零号∞』と合わさることで、アンコウの濃厚な味わいがゆっくりとなめらかになっていく。そして、ソースの酸味とほのかな苦味が、若々しさにあふれた日本酒に一層とはつらつとした味わいを与える。

★★星をつかむ旅 2024

ジャック・マルコン レ・メゾン・マルコン

父レジスさんと息子ジャックさんのマルコン親子がシェフを務めるレストラン、メゾン・マルコン。“キノコの魔術師”と呼ばれるレジスさんの志を引き継ぎながら、レストランを切り盛りしているのが息子のジャックさんだ。地元の伝統食材であるキノコの料理をさらに進化させるために、ジャックさんは村のはずれの谷間に野菜農園を拓いた。数百年前までこの場所には農村があったという。ジャックさんは、近代化の流れで放棄された農地を再開拓し、自然に寄り添ったやり方で復活させようとしている。マルコン親子に共通しているのは、生まれ育った土地への愛。そして、この村にしかないテロワールを最大限に活かそうという料理への情熱だ。

ブルターニュ産ホタテを2種の調理法で、薄切りの発酵ブイヨンのポシェと栗粉の衣をまとった天ぷら仕立て

Setoichi ※Omachi

レアとフライ。異なる調理法で料理されたホタテ。ヨードの効いた魚介類とのマリアージュと言えば、『Setoichi ※Omachi』が鉄板の組み合わせだ。ボリュームのある旨み、多面的な味わいというこの酒の特徴は、魚介のヨードにも負けない。面白かったのは、ホタテという同じ食材でも、どう調理されたかでマリアージュの印象が変わるということ。レアのホタテと『※Omachi』のマリアージュはばっちりの相性だったが、フライとのマリアージュでは料理の温かさと日本酒の冷たさのギャップに舌が困惑しているように感じた。温度というものの重要性について、あらためて考えさせられた。

雌鹿の背肉、セップ茸のプラリネ、スペルト小麦ととろけるような牛蒡のリゾット添え

セトイチ Blowin’ in the wind

一番の発見があったのは、雌鹿とのマリアージュだ。ワイルドな鹿肉とのマリアージュでは赤ワインには勝てないだろうと予想していたが、合わせてみると「まさか!」と思うほど日本酒の方が圧倒的にマリアージュとして完成していた。一度45℃くらいまで温度を上げた『セトイチ Blowin’ in the wind』を、人肌くらいの温度に落ち着かせてから提供するという繊細な温度管理が行われていた。温めることで香りと味わいが引き出された日本酒は鹿肉に負けない存在感を示し、肉の味わいを日本酒が包み込み、余韻を広げるという奇跡的なマリアージュが完成した。

ブルーノ・オジェ ラ・ヴィラ・アルカンジュ 

ラ・ヴィラ・アルカンジュは、“カンヌ料理の最高峰”と称され人気を集めるレストラン。オープン前は廃墟だったこの場所をブルーノさんは気に入り、自らの資金でレストランを開業した。相当の覚悟や苦労があったそうだが、奥様のエレーヌさんと一緒に困難を乗り越え、オープン翌年にはミシュランの二つ星を獲得した。ブルーノさんとエレーヌさんは、幼馴染だそうだ。同郷で同じ時を過ごし、愛情と信頼を深めてきたふたりだからこそ、苦難を乗り越え、偉業を成すことができたのだろう。ブルーノさんと話していると、エレーヌさんに対してはもちろん、スタッフやお客さんに対する愛情をとても感じる。そんな彼の料理と日本酒は、どんなマリアージュを奏でるだろう。

ペトロシアン社 最高級のオシエートルキャビアをブルターニュ・ジラルドー産の牡蠣と共に

ー セトイチ Fly me to the moon

ヨードの強い魚介系とのマリアージュには『Setoichi ※Omachi』がお馴染みだが、この牡蠣の料理には『セトイチ Fly me to the moon』が合わされた。この日本酒に使われている協会10号という酵母は、旨みの強い料理に合いやすい。そして、愛山という酒米は、この料理のきゅうりのさわやかさとマッチする。『※Omachi』であれば牡蠣の強い旨みの余韻をぐっと引き伸ばすはずだが、この『Fly me to the moon』は、余韻を響かせながら、引きずらずにすっと消えていく。そのキレの良さが心地よい。実に繊細なハーモニーを奏でたマリーアジュだった。

カエルのもも肉、ヴァンジョーンとトリュフ風味

セトイチ Blowin’ in the wind

このカエルの料理は、リストには載っていないサプライズメニューだった。『セトイチ Blowin’ in the wind』を試飲したブルーノさんが、この日本酒ならばと新たに考案した料理だ。カエルのもも肉は、とてもやわらかく、あっさりしていている。かかっているのは、トリュフが香るバターソース。このソースの強い個性を、味わいのしっかりとした『Blowin’ in the wind』が受け止める。理にかなったマリアージュだ。日本酒が、シェフをインスパイアできたことがうれしかった。